06 // 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31. // 08

夕日をバックに断崖の誰かのシルエット 

バックグラウンドで常に何か鳴ってて

突然その音が大きくなって

その瞬間に情景が乱れて時間が逆流する…ような感覚の音楽が聞きたくなるときがある



ダリの作品に「やわらかい時計」というものがある。

記憶の象徴、時間という概念を司る時計がぐにゃりと曲がったその作品は

二次元ながら、平面でない、何かこう幾何学的な、何か。

を連想させる。


あくまで自分の中での連想。それ以上でも以下でもない。

すなわちそれは普段感じることのできない「時間」の異なった定義であり、

その空間では同じ時がいつまでも続く。

いわば生と死の定義すら排除された世界というわけで

そこは物体が「存在」はしているが「活動」はしていない。

生まれるものがない。即ち「無」の世界と置き換えてもいいのではないだろうか。



何も生まれない、逆に捉えれば何も無くならない状態。

その空間の情景がゆっくりとスライドショーのような動きを目の中でしたとして、

そこにバックグラウンドの音楽が加わる。


視覚と聴覚の両方から得られた情報、いやこの場合は情報に変換されて発信される間もなく

感情へと変化する。

俗に言う気持ちいいとか気持ち悪いとかそういった感情への変換には物事の好き、嫌いが大きく絡んでいるが、

好きでも嫌いでもない感情に出会ったときに人はどういう判断をするのか。



なかったことにしました。なかったことにしました。





今回出会った何かがまた違う角度から出会ったときには、また別の物の見方が存在して

でもその可能性を考えるのは不可能であり

そして人は事前に「誰かに決められた何か」によって生きるのである。

スポンサーサイト

[edit]

« アレルギー体質  |  暖かいような寒いような4月ももうすぐ終わるような »

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://boxondiesel.blog18.fc2.com/tb.php/582-0e7019b0
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム